2026-01-20

朝倉フレンチが生まれるところ

Seigou610を営む武藤聖郷さんの料理は緑が多い。本人に聞くと緑が好きなのだという。いわゆる映えを狙ったような緑ではなく、自然界にある、足を伸ばせばどこにでもあるような、でもなぜか見たことのない緑だ。野菜を食べてもらいたいからとお子さん連れのお客様がいらっしゃるのもわかる。思わず、口に運びたくなってしまうのだ。

 

そんな緑に惹かれ、Seigou610を訪れる人も少しは、いやかなりいると思う。それで僕は知りたくなった。なぜ、こんな緑を料理にすることができるのだろう。

 

令和七年の春、武藤さんを招いて獨歩でのコラボレーションイベントを開催することが決まった。開催は令和八年二月。だから、獨歩會員の皆さんに武藤さんの料理を伝えたい。しかも今回が初開催。武藤さんがどんな人なのか、知りたい方もいらっしゃるだろう。

 

そこで宮澤さんに提案した。武藤さんの生まれ故郷であり、朝倉フレンチが生まれる場所でもある朝倉市に行って、対談を録りませんか、と。宮澤さんが感動した豆のリゾット、訪れる人を惹きつける緑の使い方にはきっと、武藤さんが生まれ育った環境の影響もあるのだと思った。

 

こうして令和七年六月に、朝倉まで行くことになった。

 

朝倉は福岡県の中南部に位置する街で、太宰府市や久留米市、うきは市、日田市に近い。電車で行くよりも車で行く方がアクセスが良く、博多からは車で一時間かからない。そこで博多駅でレンタカーを手配し、朝倉へと向かった。

 

武藤さんとの待ち合わせは朝倉のランドマークである三連水車のある道の駅。道の駅に着き、全国どこでもお馴染みとなった産地直売コーナーに行くと、武藤さんが買い物カゴを片手に野菜を選んでいた。毎週月曜日は朝倉へ車で行き、野菜を積んで博多へと戻る。お店で購入するだけではなく、実家や農家さんが営む畑で野菜を採るとも聞いていたので、朝倉では畑を訪問することにもなっていた。

 

三連水車まで歩き、水車の仕組みや近隣で栽培している野菜について話を聞くと、「では畑に行きましょうか」と武藤さんの車に続いて、僕たちも車を走らせる。川沿いの道を上っていき、車を駐車すると、武藤さんは長靴へと履き替える。「ここにクレソンが自生していて、レストランでも出しています」と言い、武藤さんは水の中へと足を踏み入れる。手にしたクレソンは、前日にSeigou610でいただいたクレソンだ。瑞々しく輝いている。

 

やや小雨の降るなか小道を上っていき、辿り着いた畑ではアカザカズラ、通称おかわかめが栽培されていた。すると武藤さんは次々におかわかめを見て触れては摘み取り、ビニール袋へと入れていく。それを真似して僕たちもおかわかめを摘み取っていくのだが、肉厚な葉をかじってみると濃くて美味しい。これも武藤さんの料理としていただいた記憶がある。

 

かねてから朝倉ではそこらじゅうにある野菜を使っていると聞いていたが、実際に朝倉で摘んで食べてみると、土地の素晴らしさが伝わってくる。野菜だけではなく果物やお米、オリーブオイルなどもつくられている。Seigou610では魚や肉以外のほとんどを、朝倉で育ち、つくられた食材を使う。蒸留所もあり、地元のお肉屋さんからは馬肉を仕入れる。ちなみに獨歩では武藤さんに教えていただいたお肉屋さんから馬肉を仕入れ、『朝倉』という名の焼酎をお客様に勧める。宮澤さん曰く、この組み合わせは最高らしい。美味しい食材の宝庫、豊かな土に守られた場所が、朝倉だ。

 

武藤さんは毎週野菜や果物をいただきに朝倉へ行き、自分で摘み取る。そしてその分の代金を封筒に入れ、農家さんの家を訪れて郵便受けに封筒を置く。え、今どきそんな方法で売買しているのか。人と人との信用があるからこそのモノとお金のやり取りに、心がじんわり温かくなった。

 

次に武藤さんは、昼食を兼ねてお世話になっている農家さんの家へと案内してくれた。その農家さんは林さん。ご家族で農業を営んでいる。

 

「朝倉の広報誌に掲載されたことがきっかけで、地元の農家さんが連絡をくれるようになりました」

 

そう話す武藤さんに、連絡をくれた一人が林さんだ。家にお邪魔するとテーブルの上には次々と料理が並んでいく。奥さんと娘さんがつくった料理をお皿に盛り付け、どんどん持ってきてくださる。おから、タケノコ、親鳥を塩麹と椎茸で調理した鶏料理、大根、ウド、林さんたちが育てたものを素材につくられた料理は、どれも美味しい。滋味深く、身体が欲しがる。おむすびは玄米と白米のものがあり、どちらも身体に染み込んでいく。つい手を伸ばしてしまう。

 

宮澤さんは、どうやってつくったのかを奥さんや娘さんに質問し、「美味しい」と笑顔で伝える。手間暇をかける。これこそ身体が喜ぶ料理なんだと思う。ずっと食べ続けたくなる味わいに、くらしの豊かさを感じた。

 

林さんは僕たちの訪問に備え、朝倉のことがわかる資料を用意し、歴史や環境についていろいろとお話ししてくださった。八年前に記録的な大雨が発生して大きな被害をもたらしたこと。その災害前はホタルが乱舞する場所で、ホタルツアーも組まれるほどだったが、復旧工事の影響でホタルがいなくなってしまったこと。以前は大量に栗が取れたが、災害で道がなくなり、行けなくなってしまった場所があること。鹿による農作物被害が深刻で、稲穂やたらの芽の葉っぱや樹皮を食べてしまい、電気柵なしでは収穫時期に大きな損害を受けることなどなど。

 

武藤さんを息子さんのように可愛がっている様子が伝わってきた。

 

林さんの家の前で写真を撮ると、ご家族総出で僕たちが見えなくなるまで手を振って見送ってくださった。次に向かった場所は、蒸留所だ。

 

到着して驚いた。とんでもなくスタイリッシュ。朝倉とは土と水が豊かな農作物の宝庫、というイメージを持っていたので、蒸留所の洗練されたデザインに驚いてしまった。

 

前日、Seigou610での食事で馬肉を使った料理が出てきたのだが、前述のとおり『朝倉』という焼酎との組み合わせが絶品だったと宮澤さんは話す。蒸留所を見学し、説明を受け、いくつかの焼酎を試飲すると、早速購入することになった。僕が他の料理人を知らないだけかもしれないが、宮澤さんの決断は早い。流れとご縁とタイミング。何も考えていませんというが、そんなことはないのだろうけれども、内なる何かが答えを教えてくれるのだろう。

 

蒸留所を後にし、次に向かった場所は地元のお肉屋さん。武藤さんはこのお肉屋さんで馬肉を仕入れている。そこで、ぜひ行きたいと訪問することになった。

 

武藤さんに続いてお肉屋さんへと入り、馬肉がないか聞いてみる。「ありますよ」と二種類の馬肉を教えてくれた。すると、武藤さんも驚いていたのだが、宮澤さんが「こちらで食べさせてもらって大丈夫ですか」とお店の方に尋ねる。え、ここで食べるの?普通のよくある街のお肉屋さんですよ?試食コーナーなんかないのに、、、と僕は思ったのだが、お店の人も同じように戸惑っている。それはそうだろう。すぐ目の前で馬肉を試食したいなんて言う人は、きっと初めてだろうから。

 

それで、一〇〇グラムか二〇〇グラムかの馬肉を試食用に二種類それぞれ注文。美味しかったほうはさらにお代わりをしたと思う。朝絞めた馬肉を生肉でいただく。宮澤さんは「ライオンの気持ちになる」と言う。エネルギーをガツンと身体に入れる。僕は、手づかみでかぶりつき、食いちぎりたい衝動が沸いてくるのを感じた。

 

試食しながら、京都に送ってもらうことが可能かどうかを確認し、宮澤さんは購入を決めた。獨歩で馬肉と『朝倉』を愉しめるようになったのは、こういう経緯からだった。

 

時間を確認すると、そろそろ朝倉を出発しないと博多での食事の時間に間に合わない。そこで朝倉行きの第一目的だった対談は食事の時間に録ろうと考え、朝倉を後にした。

 

ところが。

 

武藤さんに獨歩でのコラボレーションイベントをお願いするきっかけとなった女将さんを訪ね、移転したばかりのお店で食事をしていると、まあ話が弾んでしまって対談どころではなくなってしまった。

 

もしかしたら使える話もあるのではないかと食事の時に録音していた音声を確認してみたのだが、、、武藤さんに関する話はパンづくりのみで、これは対談をあらためてお願いしなければならないな、と思った。

 

とはいえ、武藤さんのつくる緑がふんだんに使われた料理の原点は、朝倉を訪問し、畑や農家さんとの時間を共有したことで、獨歩會員の方々に伝えられる程度にはなったかなと感じる。

 

そういえば、ある日Seigou610で食事をしていると、ふと思い出したことがあった。

 

それは、セーブルのブルー、大倉のホワイト、という一文だ。

 

珈琲用の磁器を探していた時に知った大倉陶園さんのホームページ。そこでこの一文を見つけた。

 

そして、武藤さんに伝えた。

 

セーブルのブルー、大倉のホワイト、聖郷のグリーン。

 

思わず閃いたこんなキャッチコピーを伝えたくなるほど、僕も武藤さんの料理にハマっている。

 

獨歩を訪れる方々に、愉しんでほしいと思う。